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《島唄》が 出来るまで…。

1991年
【THE BOOM 】
の 宮沢和史さんことMIYAは、沖縄を訪れました


そこで…。
一人の女性と出逢いました。

あの
『ひめゆり学徒隊』で 生き延びられた方だったそうです。

その 女性は
大勢の 観光客の前で〈語り部〉
をされていて

当時、自分達の事よりも先に、負傷した兵士達の看護にあたった話や

いよいよ 米軍が
上陸した時の話をしてくれたそうです。

MIYAは、その時に
『自分は、何も 知らなかった!!!』
と 衝撃を受け
アンケートに ひと言書いたそうです。

《また 来ます。
歌を書きます。》

そして!
生まれたのが
あの
『島唄』でした


ところが…。

レコーディング直前になり、MIYAは
深く 深く 悩み
眠れなくなるまでになったそうです。

『沖縄に生まれたのでも 育ったのでもない自分が この唄を発表しても 良いのだろうか………。』

と…。

レコーディングの
直前まで 悩んだそうです。

そんな時に また
一人の男性と出逢いました。

それが

『花』

『ハイサイおじさん』
で 有名な
沖縄出身の
喜納 昌吉さんでした。

喜納さんは
『君は そのまま 沖縄に 入って来なさい』

と 言われました。

『唄に 魂が 入ると それは、もう真似ではない!
本物に なるのだから』

と 言われたそうです。

MIYA は
迷いが スッと消え レコーディングをし ました。


そして

この 名曲

『島唄』

は 生まれました。

名曲の陰には、迷いと、出逢いが必ずあるものなのかもしれない…。

偶然ではない、必然的な出逢いが…。


16日の
ステージでは、この
『島唄』

を 心を込めて
歌わせて頂きます
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