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宮澤賢治~序~¢



《わたしたちは、氷砂糖を ほしいくらいもたないでも、きれいに透き通った風を たべ、桃いろの うつくしい朝の日光を のむことができます。》

《また わたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしい びろうどや 羅しゃや、宝石いりの きものに、かわっているのをたびたび見ました。》

宮澤賢治さんの
『注文の多い料理店』
の 文庫本を買いました

お話に 入る前に
宮澤賢治さんの 語りのやうな文章が有りました

わたしは、その文章の言葉に 大変、惹かれたのです

今の 御時世と違い 宮澤賢治さんの時代には、人ひとりひとりが、満足する程の 甘いお菓子や食べ物、また物は持てなかったかもしれない……。

しかし、それらは、持てなくとも
うつくしい自然の風や、お日様と今より もっともっと近いところに 居られたやうな気がします

今は、確かに便利な世の中に成りました。

ゲームであれ
インターネットであれ、携帯電話まで、みんなが持てる時代となったのかも知れません…。

でも……

例えば…

電車の中で、みんながみんな、一列にズラッと座り、スマホをいじっている中で、たったひとり
宮澤賢治さんの文庫本を手にしている人が居たとしたら、ホッとする事でしょう

そして、その人こそが 宮澤賢治さんの言う
《ひどい ぼろぼろのきものが いちばんすばらしい びろうどや羅しゃや宝石に かわる》
瞬間のやうな 気がするのです

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