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眠いよぉ(ρ_;)


なんぼ
寝ても 寝たりない…

そんな時って
有りませんか

今朝は
まだまだ
眠いよ~


そう言えば

変な夢を見た

なんと

《わたくし
どりん姫が 結婚して女の子を出産する夢》

まだまだ 若いわ
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半兵エ♪~θ(^0^ )


またまた
行って参りました
昭和歌謡が流れるお店
『半兵エ』さんに

今回は
BAR
『メルヘン』
と 看板のかかった 個室に通して貰いました

小さな
カウンターがあり、 その中に入れるようになっていて、
私は 中に入りまして ママさん役に成りました(≧∇≦)

楽しかったよ~

ハマるぞ~
『半兵エ』(o^∀^o)

泣いた(ρ_;) 笑った(o^∀^o) 昭和のお店





いよほ~

多田君に教えて貰った

昭和の風情漂う 居酒屋
『半兵エ』
に行って来ました
『青い山脈』
の大きな看板に
大ハシャギ

中に入ると…
昭和30年代から前のポスターや小物が ズラリ

メニューは
大変 お得で
『通しキャベチ』
(昭和はじめは キャベツを キャベチと 言ったんですね)は 何と お代わり自由なんですよ(^◇^)

焼き鳥は50円~ コーラが 80円

鶏ガラスープや
女性の お客様には 〆の アイスクリンが無料サービスです

最初に流れて来た音楽が
『野球小僧』
次に
『夜来香(イエライシャン)』

もう 感無量(ρ_;)抑えきれずに 泣きました

こんな お店が出来るなんて
生きていて 良かった♪~θ(^0^ )

『アルプスの牧場』
『憧れの郵便馬車』
など 私の ツボを つく 曲が ドンドン流れて来ました

メイちゃんの お気に入り(^o^)/


今年は 早くから
気温が高い

そして 蒸し蒸しする事かッ(;`皿´)

メイちゃん
最近、この涼しい
窓辺が お気に入り

わたしの お気に入り(o^∀^o)






誰にだって…

《お気に入り》
の物って ありますよね

どりん姫の
お気に入りを
ご紹介致しましょう

画像を
御覧下さいませ

上から
どりん姫のピンクの麦わら帽子 と
最近買った、スカーフです (^O^)

2枚目は
いつも持ち歩いている、お化粧ポーチとキーケース

3枚目は
最近、こればかり持って歩いています
リュックです
白い色がお洒落でしょう(≧∇≦)

4枚目は
大好きな 猫の
財布と 名刺ケースです
お財布は本革なんですよ

最後の画像は
免許証入れ、のキー(赤いの 可愛いでしょう)貯蓄貯
金魚のがま口
です

『私の お気に入り』の 一部をご紹介しました~

《粋》なソフトケース( ̄∀ ̄)



皆様

御覧下さいませ

素敵な
ソフトケースでしょう

《粋》でしょう

お客様が持って来て下さったギターのソフトケースです

私 大好きですよ

大切に 大切に使われた
レトロなケース

旅の 終着駅( ̄∀ ̄)




ドココン~♪
ドココン

と 鈍行に、心地好く 揺られながら

旅の 最終目的地
宇和島に着きました(⌒~⌒)

のどかな ところやなあ( ̄∀ ̄)

駅前通りの 古本屋さんで、猫ちゃんが お店番

可愛い
カワイイ

古本屋さん

お好み焼き屋
『焼太』
さんで

牛鬼焼きを食べました

ボリュームがあって美味しかった~

楽しい旅でした

ローカルやわあ(*^o^*)


またまた
次の 鈍行に乗り、最終目的地の 宇和島に向かいました

両側の窓が 開くような汽車が、まだ走っていたのに感激

途中…

ドヤドヤと 地元の 高校生が沢山乗って来ました

みんな
汗をビッショリかいていて、大きなバックを ひとつ、ふたつ 床にドスンと降ろし、それぞれ好きな事をします

とっても可愛らしい女子高生が 二人連れで 私の座っている 真ん前に座りました

手には パンケーキのような物を持っていて 座ってから
「分けようか」
と言いながら パンケーキを半分子にして食べたり スマホを見たりしていました

なんだか…

のどか~

いいなあ(⌒~⌒)
ローカル線やわあ~

『芝 不器男』邸 周りを散策(`∇´ゞ


温泉の後は
近所を散策ε=ε=

この 松丸には
明治の俳人
『芝 不器男』
先生の生家が残され 資料館となっております

不器男という御名前は、変わっていると思われる方も多いかと思いますが

孔子の教えの

『論語』
《子日、君子不器》
から御両親が、御名前を付けられたそうです

芝 先生の お宅に 入った時、大きな黒猫ちゃんが、ドッシリと座っていました
芝 先生の生まれ変わりかしら(≧ε≦)
きゃわゆーい(^з^)

お宅周りを 散策しておりますと……
本当に 古い城下町…。

何十年前の 御屋敷だろう
いや、ひょっとしたら 百年経っているのだろうか……。

そんな
御屋敷や
昔からの お店に出会いました。

この辺りは
戦争の際、空襲を免れ、また大きな震災からも逃れているんですね……。

歩いていると
地元の 中学生の子達が 一人、また一人
「こんにちは」

「こんにちは」

と 大きな明るい声で、挨拶をしてくれました(-^〇^-)

Sさんと私は 嬉しくなってo(`▽´)o

「こんにちは」
と 挨拶を返しました

うぅッ
なんだか…嬉しい

どりん姫は
まっこと 嬉しう御座いますぞ(;∇;)/~~

こんな 挨拶の出来る世の中が 残っているんだあ

ううッ

ううッ

伊予美人(*^o^*)



アンパンマン列車に乗り
次なる目的地
『松丸駅』
に到着~

この 松丸駅には
なんと
温泉や足湯があるのです

お風呂が 大好きな私は、早速 温泉の方に浸かりました

女性湯の露天風呂には 大きな樽が使われておりました

『伊予美人』
と いう お酒を作っていた樽だそうです

この
『伊予美人』
という 優しい響きの由来は…。

《昭和六年
日本で初めての

美人コンテスト…の ような物が 都会で開催されました。

コンテストの関係者は
伊予の山奥まで、ふさわしい娘さんが居ないかと足を運んだそうです

そして
地元に代々続く、酒屋さんの 次女をスカウト致します

この娘さんは
心根も優しく 大層な器量良し(o^∀^o)

早速、スカウトし
見事コンテストで 準 グランプリに輝いたそうです

そこで、御実家の 酒屋さんは
江戸時代から続いた 銘酒の名前を改め
『伊予美人』
と名付け、地元の方々に愛されたそうです》

その 銘酒を造って来た樽が
地元の温泉に残されているのです

なんて(≧∇≦)
なんて感慨深い

大正町市場(^O^)




土佐久礼駅に着きまして 一時間半程の 滞在時間が有りました

『大正町市場』
と いうところで 昼食を予約してありました

自分が好きな物をチョイスして食べられる
【海鮮丼】
です

市場の お姉さん達に色々 教えて貰いながら、ワイワイと楽しく頂きました

食べた後は、時間があったので お土産を買ったり 町並みを歩きました

昔の カルピスやミルキーの看板などが残っていて感激しました

商店街の お店は 人が見当たらず
ワンちゃんが お店番をしていたりと、なんて、ノンビリ~

でも…
今日び、この ノンビリ~という時間は
最高の贅沢じゃないでしょうかね

バースデー切符♪

皆様(^O^)

是非是非、一度
御自分の お誕生月に お時間を作られて
【JR四国 鉄道の旅】
に お出掛けしてみて下されませ(^o^)/

この
Sさんからの
お誕生日プレゼントの
バースデー切符
の力は凄かったですぞ

7:20発の土讃線に 乗ったのですが

この
バースデー切符は
《グリーン車》
にまで 乗る事が出来るのです

宇多津までは車両が少なく 普通車両だけでしたが、その中で景色を見ながら 食べる 朝のお弁当は
最高に 美味しかったですぞ(≧∇≦)

車掌さんが 切符を確認に来られるのですが…

この バースデー切符を見せると 車掌さんも
「有り難う御座います」
と 頭を深々と下げて言って下さいました


印籠みたい(o^∀^o)

ワクワクしながら 須崎高知などを経由し、最初の下車駅
『土佐久礼』駅
に 着きました~

皆さんからの プレゼント(*^o^*)




昨日の バースデーには、本当に沢山の方に 御祝いをして頂きまして、有り難う御座いました

多田君と三小田君がケーキとジュースをプレゼントして下さいまして、 御来店中のお客様も一緒に 御祝いをして下さいました

社長から(`▽´)
BOOK型の小物入れや猫ちゃんの置物のプレゼントを貰いました

御祝いを下さった お客様も おられます(o^∀^o)

皆様
本当に 有り難う御座いました

幸せなバースデーでした

Happy Birthday to Me(⌒~⌒)




ハッピー バースデー トゥ ミー

ハッピー バースデー トゥ ミー

今日は 自分の
お誕生日でーす

あんちゃんが

お誕生日祝いに
ピンク色の
ベッドカバーを買ってくれました

掃除機も 買ってくれました
(に要るんだろうけど(^_^;))

画像は
あんちゃんが
買ってくれた 掃除機と ベッドカバーです
どりん姫の
ベッドルーム初公開~



それで 何歳になったかって(゜∀゜;ノ)
………………

それを~ぉ♪
聞くのはぁ~ぁ 野暮よ~

といふもので御座います( ~っ~)

これからも
年を 重ねる毎に
素敵で いたいと願う 私 どりん姫で 御座いまーす(*^o^*)

旅は駅弁からo(`▽´)o



行って参りましたよ~
【四国 鉄道の旅】
へ…♪~θ(^0^ )

朝6時に 自宅を出発~

朝早いから クルマもスイスイ

先ずは
フェリー乗り場近くで
フェリーに卸しているという お弁当を買いました(^O^)

やったあ
お弁当(≧∇≦)

汽車が来るまで食べるのが 待ち遠しい
旅のスタートと成りました(^o^)/

~どりん姫の お師匠さん⑩最終回~※


中学生に成った私は ブラスバンド部で アルト・サックスを学び…。

高校時代には
吹奏楽で
オーボエという楽器を、学ばせて頂きました

私の 通った高校では 2年生から 色々な分野のコース毎に クラスが分けられておりました。

私が 専攻したのは
芸術音楽 専門コースで 御座いました

このクラスに入りますと、数学の時間というものが 全て免除されまして、かわりに音楽の時間は 週に 十何時間もあり ピアノは勿論必修でしたし
その他専攻楽器、声楽、新曲、レコード鑑賞、楽譜書き、童謡 などの お勉強がありました

この頃、声楽を専攻しまして
カンツォーネの先生にも付いて頂いて、習う事が出来ました

こうして、振り返ってみますと……

こんにちの
どりん姫が 有りますのは、沢山の方に
御指導 御支援を
頂いての事と 感謝致しております(^O^)

中でも
この シリーズの
【お師匠さん】
は、私の女性としての
又、人としての
お手本とさせて頂いている お方で御座います

今後とも
blogにも 登場して頂く事があるかと存じますが…。

今回の
『どりん姫の お師匠さん』
の 世界は、これにて 幕を降ろさせて頂きます

長文、お付き合い下さいました、皆様
ありがとう御座いました

~どりん姫の お師匠さん⑨~◎


私が
お師匠さんを
『凄い方だなあ』
と 尊敬しておりますのは

歌が素晴らしいのは勿論ですが、それだけではなく、
その他の考え方や 身のこなし方まで憧れずには いられない
女性であったからでございます(*^o^*)

一番 お師匠さんに感謝しましたのは

中学生になり、別の事にチャレンジする私に
大変理解を示して下さいまして
お師匠さまのところの お稽古をお休みする事を許して下さった事でした…。

お稽古というのは
『お師匠さんと弟子の一対一の世界』
で御座いましたが、中学生くらいの私は

『みんなで作り上げるもの』
に 大変興味を持ちまして
ブラスバンド部に入部致しました

この時、お祖母ちゃんの方が 歌をお休みして、ブラスバンド部へ進む事を少し反対致しましたが、お師匠さんが

「色々な世界を知って、色々な先生に教えて頂く事は大事やから頑張りなさい
でも、お歌は ずっと歌ってよ」
と 言って下さいました……。

皆様……。
これは、出来そうで なかなか出来ない事だと 私は 常々感じております

人間、手塩に掛けたものが遠くに行ってしまいそうな時は
引き止めてしまったり する事の方が多いのでは ないでしょうか……。
この事だけでも 今の私は きっと

《まだまだ お師匠さんの足下にも及ばない》
ので御座います。

線路は続くよ♪どこまでも(≧∇≦)


キュッホ~

皆様
私、どりん姫は
この度
【四国 汽車の旅】に 行って参りまーす

JRさんが
企画されております 『バースデー切符』
と いふ物が有るそふで

お誕生日月の人は 免許証などの証明書を
《みどりの 窓口》
に 提出しますと…
この切符が
な・なんとなんと !(b^ー°)

一万円で購入出来て 購入から 3日間
四国内なら どこまでも廻れるという
大変 御機嫌な プランです

しかもo(`▽´)o
同行する友人や恋人 までも 一万円で
どこまでも廻れるのです

何を隠そう
私は
6月生まれ(^O^)


嗚呼

あたしの心は もう
汽車の中

頭の中には

《線~路は
つっづく~よ~

どこまでもー》

それでは
工房の 皆様
猫ちゃん

うちの あんちゃんメイちゃん

しばしの別れ

楽しんで参りまーす

~どりん姫の お師匠さん⑧~◆

私と 同じ頃に
同い年の女の子達が 10人近くも
お師匠さんのところへと 通い始めました

私達にとって、お師匠さんの家は
『お友達との寄り合い場所』
のような感じでもありました(^O^)

ただ…。
段々と、成長して来ますと
『お花代は 誰が多くて 誰が少なかった』
だの
『先生は〇〇ちゃんには、いつも新しい曲を教えて、私には教えてくれない』
などと 女の嫌な部分が見栄だして参りました

全く人間の成長には時に 厄介な物も付いて来るもので御座います。

色々な事がありましたが…

小学校も高学年になって参りますと、みんな 学校のスポーツクラブに入ったり、塾に通い出したりと それぞれに 進む道も違って参りました

寂しい事ですが
一人辞め 二人辞めと お師匠さんのところへ通う同年代の女の子は減って行きました。

私も 例外ではなく 中学からはブラスバンド、高校では吹奏楽と音楽クラスに所属し自然と お師匠さんのところから足が遠退いて行きました

~どりん姫の お師匠さん⑦~◇


ステージに立つ日は朝早くから起きて、髪結いさんのところへ行きまして、髪を上げて貰ったり、着付けをして貰うのですが……

一年のうちに
お師匠さんの元に 幾つかのオファーがありまして、その大半は 土曜日や日曜日だったものですから、 ある時期が来ますと休日に友達と遊べない事に 不満も出て参りました

けれども
ステージに立つと
嬉しい事がありました(^O^)

歌っている時に、 ちり紙に包んだ
《何か》が ステージに沢山投げ入れられました

投げ銭です

私達は
『お花』
と教えられました
お花代と いう お客様からの お心遣いです(o^∀^o)

ちり紙の中には
何百円からの小銭から 五百円札や千円札まで
頂いている事がありました

自分が歌っている間に 投げて頂いた お花は 自分のものでした


幼い私でしたが
お師匠さんは
「この お花代は
みどりちゃんが頑張って頂いた物なんやからね
全部 みどりちゃんが お貰いなさい。
有り難く 頂戴なさい。」
と 毎回 自分が頂く事を許して下さっておりました。
お祖母ちゃんも お師匠さんの考えに従ってくれておりました。

ちり紙に包まれて
投げて頂いた お花代と申しましても、沢山投げて下さっておりましたので、小銭や、時々頂けるお札も 合わせますと
壱万円…二万円…頂く事も御座いました。

考えてみますと
自分が生涯で初めて頂いた お金でした
お祖母ちゃんに
大きな 黄緑色の舶来のウイスキーの空瓶を貰って、全部その中へ 貯金して行きました

~どりん姫の お師匠さん⑥~*


私が ワンワンと
泣き出して、慌てた お祖母ちゃんと お師匠さんや 大人達…。

何とか 宥めようと お菓子をくれたり、優しい声を掛けてくれたりと
(まあ 大変やったでしょうに)


それでも
『イヤイヤ(ρ_;)』
と 泣くのが止まらなかったそうです

今、その時の気持ちを聞かれても、どうしてなのか、自分でも分からないのです(^_^;)

そして
《最後の手段》
と お祖母ちゃんは ありったけの 簪(カンザシ)を頭に、ボンボリ飾りを着物に付けてくれました

ようやく泣き止んだ私には、すぐに自分の出番が来ました

『歌えるやろうか』
と いう大人達の心配を他所に、三味線の先生が 前奏を弾いて下さると チョコチョコと ステージ真ん中に出て行き踊り始めました
(まだまだ唄が下手くそな為に、小さい子には踊りが付いていたんです。
下手隠しなんですわp(´⌒`q))

そして
歌い出しました。

《のっざっき
参り~は~
(野崎参りは)

屋形船で 詣ろう
どこを向いても
菜の花盛り

粋な 日傘に
蝶々も 止まる

呼んでみようか
土手の人 》

東海林太郎先生が唄われた
『野崎小唄』
です(o^∀^o)

この曲が 初発表の曲と成りました(^o^)

~どりん姫の お師匠さん⑤~★


ステージに立たせて頂く度に……。

そして 友人のステージなどを見せて頂く度に…感じます

音楽や、ステージには、魅力と魔力のようなものがあるのでは ないかな…と。

ステージ直前には 緊張して、ステージ後は、クタクタに くたびれたりするのに また チャレンジしたくなる
また出たくなる

それが
ステージのような気がします(^O^)

私の 初ステージは 小学校一年生7歳の時でした

9月に毎年、町内で催される
『敬老会』
に 出演をさせて頂いたのですが

その日は 朝から
いつもと 何もかもが大きく違っていました

先ず 私の頃は
今のように土曜日が半ドンではなく 午前中は学校がありました。

けれども その日は 朝から
「学校を お休みしなさい。」
と お師匠さんや お祖母ちゃんから指示をされました

これには
驚きました
いつも 学校へ行け行け と 言う癖に この日は 堂々と お休みが出来たのですからね(笑)

それから
いつもの お稽古着の簡単な着物では、なく本格的な着物や帯や足袋などが用意されました。

それを風呂敷に包み、お祖母ちゃんと朝から 近所の美容室に行くのです
(お祖母ちゃんは、髪いさんと言っておりました。
昔は 髪結いさんと言っていたのが訛ったのでしょうね)

その髪結いさんで、日本髪風に髪を結い、着物の着付けをして貰います。

…そんな訳で
小さな私には、朝から いつもとは 全く 世界が違って見えたわけです

色々と支度も済んで会場に向かう道すがら、ワンワンと泣き出してしまったのを覚えています(^_^;)

~ブレイク・タイム~【うちの小人ちゃん】(^O^)


うちの工房の裏には、沢山の 小人ちゃんがやって来る(*^o^*)

先ずは
何と言っても 猫の クマちゃんと キジトラちゃん
次に
新しく来ている猫ちゃん達

その次に
なんとまあ 烏がやって来て、上手にパンなどを、くわえて颯爽と羽を広げて 飛んでいくのだ

その 後ろから
可愛げに 雀ちゃん達が 5~6羽、チョコチョコとついて来る(≧∇≦)

そして
最後は蟻さん達が、やって来るから 凄い(^_^;)

みんな 可愛いったら(≧∇≦)

勿論 うちの
メイちゃんも可愛いよ(*^o^*)

~どりん姫の お師匠さん④~★


『この 御恩は 決して忘れません。』
……昔話やドラマでは、よく聞かれるような台詞かもしれませんが…

みなさん
如何でしょうか
実際、なかなか
ここまで思える人に巡り合えるかどうか難しいかも知れません…。

しかしながら
私にとりまして、今、語らせて頂いている
『どりん姫の お師匠さん』
には私自身、感謝してもしきれない御恩と尊敬の念を感じ致しております。

お師匠さんに初めて習った歌は

『絵日傘』
『雨降りお月』
『みかんの花咲く丘』
などの 長唄や小歌ではない、童謡のようなものからでした
お師匠さんは 弟子が 大人だろうと子供だろうと 真剣に教えておられました。

《桜 ひらひら
絵日傘に

蝶々も ひらひら
来てとまる

裏の お里は 春霞
絵日傘 くるくる
通りゃんせ》

春の日に
新しい 絵日傘を買って貰った少女の気持ちを お師匠さんは 時間を掛けて説明してくれました

後に
どんな曲を歌うようになっても、お師匠さんは 音符よりも 歌の情景を大事にされました

小さな頃の私は
熱もよく出して、お稽古も しばしば お休みをしながら月日が経ちました

小学校一年生 7歳になった私は 初ステージを踏むことと成りました。

そこからの
お話は また 次回に

~どりん姫の お師匠さん③~♭

お祖母ちゃんに連れられて、初めて
お師匠さんに お目に掛かった日の事は忘れる事が出来ません…。

綺麗な浴衣を着せて貰って
(要するに綺麗なベベに釣られたんですな)
喜んで付いて行ったものの
いざ先生に お会いするとなると、小さいながらにも、緊張していたでしょうし、こわい気持ちもあったからだと思います

でも、その不安感は、たちまち消えたのです(^O^)

出て来られた お師匠さんは
「みどりちゃん(^O^)よう 来たねえ」
と、明るくハッキリとした綺麗な お声で話し掛けてくれたからでした

そして
お師匠さんは、子供の私から見ても お着物がよく お似合いで、立ち振舞いや仕草 にも見とれてしまうほど、絵になる方でした

その頃の
お師匠さんは、今の 私くらいの年齢だったと、今になって理解しました
とにかく お顔も お声もお綺麗で、小さな私の たちまち 憧れの女性と成りました(^o^)/

初めて伺った その日は お師匠さんが
上手に お話をしてくれながら
(何の話かは 小さかったので思い出せませんが)

練習前と練習後の 御挨拶の練習から始まりました

自分の順番が来たら お師匠さんの前に 着物の裾を直して、きちんと オカッコ(正座)します

そして 指を付いて、大きな声で
「お願いします」の御挨拶が大変、大事でした。

そこから お稽古が 始まるのです
そして、最後に
また お師匠さんの前に座り 丁寧に
「ありがとう御座いました」
と 向かい合って
御辞儀をして 自分の番が 終わるのです

ちょっと ブレイク(>Σ<)




TVドラマなら
CMと いったところでしょうか(^w^)

ちょっと
ひとやすみ~!
(b^ー°)

今日6月6日は
『音楽の日』
だそうです
ご存知でしたか

本日
『楽器の日』
に 我が工房
ギター・リペア中村に 素敵な楽器が やって来ました

なんと!(b^ー°)
中村さんちの 中村社長が 4年程前に 作られました
【漆塗りのギター】です(>Σ<)

4年程前に

《古くて新しい物香川の 伝統工芸》
として 高松市から依頼をされて 作った
ハンド・メイドのギターで御座います

年月が経つ程、木の色合いが味わい深くなり、温もりを感じ ます

本日から
工房に展示させて頂きます(^O^)
是非、皆様 工房に来られて、お手にとって見て下さいませ

尚、こちらの
【漆塗りのギター】は非売品ですが
受注生産は お客様と御相談の上、可能だそうです(≧∇≦)

社長って 凄い人なんかもしれん(^◇^) …って たまに思うわッ(≧∇≦)

~どりん姫の お師匠さん②~♯

毎年…
今頃の季節になると、お師匠さんの事を思い出すのは、お師匠さんの所へ 初めて連れて行かれたのが 今の頃だったからでしょうか…。

お師匠さんの家は、お祖母ちゃんの家から数十メートル離れた所にありました。
今なら、歩いて すぐの距離ですが、小さな頃は遠いように感じました。

お師匠さんの お宅の前に来ますと、家の中から お三味線の音色が よく聴こえて来ておりました
今から考えますと
その音色は 大変
《粋》なものでした(^w^)

練習は
毎週、土曜日日曜日の週二回。
土曜日は 夜の19時から、日曜日は、お昼でも晩でも良い事になっておりました
お月謝は 1970年代当時、千五百円くらいからだったと 後にお祖母ちゃんから聞いております

お師匠さんの お宅に伺う時は、必ず冬は着物、夏は浴衣を着て来るように言われておりました
ただ、高価でなくて良かったのですよ
私も お祖母ちゃんの 手作りの簡単に着られる着物や浴衣を着て行っておりました。
作る時には、お祖母ちゃんが、大分大きめに作ってくれていて、それに【あげ】というものをしてくれておりました。

着物の
【あげ】
と いうのは成長に応じて段々と大きく縫い直せるようにと 作られている 糊代のような部分です
昔の人の知恵ですね

~どりん姫の お師匠さん①~♪

以前、このblogに
『どりん姫の お祖母ちゃん♪』
の事を 紹介させて貰いました

今日からは、どりん姫の お師匠さんの お話を させて頂きましょうか。
しばらく、お付き合いを…。

お師匠さんは
私の今までの人生に大きな影響を与えた方。

忘れられない女(ひと)。


あれは………。
まだ 私が 小さな小さな頃。

あとで聞くと
3歳でした。

或る日、お祖母ちゃんが 私に
「お祖母ちゃんと一緒に 歌の お師匠さんのところへ行こうか」
と言いました。

当時、私は色々な事情が重なり、両親とは離れて暮らしており、母方の お祖母ちゃんの元で 大きくして貰っておりました。
今 思いますと お祖母ちゃんは、両親と離れている私を 自分だけで甘やかしてしまわないよう 歌の お師匠さんの元へ お願いしたような気が致します。


言いますのは、私が連れて行かれた歌の お師匠さんは
『長唄・小唄・端唄』
を 教えられておりました。

今でこそ なかなか 見られなくなったものですが、私が小さな頃は 習い事と言いますと、芸を教えられるというよりも、躾が大変 重視されておりました。

私の お師匠さまも 芸云々よりも 先ずは
毎日のご挨拶、人に対する礼儀、人が見ていない所でこその態度に大変厳しい方でした。

記憶を辿りますと
歌を覚えるのが遅いとか、芸の事で怒られた記憶というものは、あまり御座いませんね…。

怒られたのは、いつも 態度が成っていない時でした。

無断で お休みをする、時間を守らない、『こんばんは』と御挨拶が出来ない、 自分の練習だけでなく別の お弟子さんが習っているところを見られない…など、他にも 言葉遣いが悪いなど色々 有りました。

今 思いますと
昔の そういった芸事は 躾に繋がっていたんですね( ̄・・ ̄)

親孝行(ρ°∩°)

常々、あたしは思っている(⌒~⌒)

社長や副社長を
親のように

社長や副社長は、私の やり方や やりたい事を尊重してくれるのです

今日は 工房は、おやすみ(^O^)

社長は
【Jギター】
を OPENしてからの この一週間、色々とバタバタして、 くたびれた事だろうに
社長
いずれ あたしが 貯蓄して お金を貸して上げて、楽をさせたげるよ~

待ってろよ~
(新聞少年みたい(≧∇≦)また、ふるッ)

流行りの御料理(^O^)



工房の話題続きになりますが…(^O^)

最近、うちの工房で『男の料理』
なるものが 流行っています

三小田君は
毎日 毎日 晩御飯のメニューを考えて、必要な物の買い物をして帰っておられます
それが ずっとだから 凄いですよ

多田君も 御料理に関しての経験や知識が豊富で
話題が主婦みたい()
で楽しいわ(≧∇≦)

それに 影響を受けた Sさんが
「これからは料理を作る」
と 言って
三小田君に色々と習っております

画像は
Sさんの初料理
『豚肉と野菜の炒め物』
です
豚肉、ニンニクの芽、しめじ、えのき、もやし などを 西洋風に炒めました

偉いでしょう

ご飯も炊飯器でなく お鍋での炊き方を教えてみました
ホクホクで お焦げも出来るんです(^O^)

美味しかったですよ(*^o^*)
お見事でした
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